僕がサラリーマンだった頃、俗に言うブラック企業に勤めていました。
仕事量も莫大だし、残業手当も休日もなく、毎日毎日社長の言葉や態度、行動に違和感を感じつつ、ただ愚痴を吐く毎日。
社長は何か都合が悪かったり矛盾に近いことが起こると、「俺も若い頃にはそうやって経験してきたことやからな」、「それを乗り越えて一人前になっていくんや」、そんな言葉を頻発していました。
その言葉を受けるたびに反面教師のように、「もし後輩ができた時には、自分が受けた言葉や態度は絶対しないでおこう」、そう常々思っていました。
そして、絶対に同じような気持ちにさせないような仕組みを作っていくんだ!と心に誓っていました。
やがて数年が経ち、自分の直属ではないにしても、5年目にしてやっと会社に新人が入社してきたんです。
同じことは繰り返さないと考えていたにも関わらず、その結果はと言うと、頭では分かっていながら、やっぱり僕も使ってしまってました…。
「俺もやってきた事やから、やってくれないと困る」と。
「俺もそうやって我慢してきた、だからやってくれ」と。
「俺もそうやって乗り越えてきたから」と。
まだ社長より救いだったのは、上記の言葉を投げかけた後、「こうやって負の連鎖が続いていってしまうんやな…アカンよなぁ…」という言葉を繋げられたことです。と言っても、言ってしまってることには変わりありませんが。
もしそれをやらせることが相手のためになることであれば、何も文句はありません。それを乗り越えた時に新しい景色が見えることが分かってますからね。
でも、ただ単に自分も強制されてイヤイヤながらやったけど乗り越えたから、お前もそれは経験しないとダメ!的なものは、結局無意味に負の連鎖が続いていくだけ、ということに気付かなければいけません。
僕が経験したことをベースにお話ししたいと思います。
報告書作成のためのデータ入力
まずは僕が働いていた仕事がどんなものだったか、簡単にお話ししておかないと始まらないので。
僕は以前イベントの仕事をしていました。
イベントの仕事と言うのは、必ずまず企画があってそれに準じて色々と制作されていき、マニュアルが出来、造作物が出来、実際にイベント当日を迎えます。
これだけで終わればいいものの、イベントが終わった後というのは、報告書の提出が必要になる場合が多いんです。
さらに、簡易な報告書だけで終わる場合もあれば、超本格的なマーケティング資料を作成し、結果を検証する報告書まで作成しないといけない場合もあります。
僕が担当していた仕事は後者の莫大なデータの報告書が必要でした。
イメージが湧きやすいようにもう少し具体的に話します。
(絶対有り得ない設定ですが)スマホのiPhoneの本体無料配布キャンペーンというものを行うとします。
配布する場所はお店の中。事前に配布する店舗が決められており、A店~Z店までが配布店舗だとします。
日によって配布する店舗を変えていき、1ヶ月かけて毎日違う店舗でiPhoneを配り続けるんです。
iPhoneを配布する時には、受け取った人の性別・年代・持っていた携帯の機種・どの店舗で実施したか等、細かなデータを取得しておきます。
こうやって毎日配布するわけですから、イベントが終了する1ヶ月後にはiPhoneを数万人に配布していることになるんです。
いわば、こんな感じのイベントを行っていました。
そしてイベントが終了した後は、マーケティングで活用できるようなデータを作り、報告書として提出する必要があったということです。
1ヶ月間続けて、配布数が仮に50,000個だったとします。ということは、50,000人分の情報も得られているはずです。
50,000人の男女比率に始まり、20代~50代ぐらいまでの年代比率、所持している携帯の機種の分布、曜日別の配布数の推移、店舗別の配布数の推移、といったように配布した人全てのデータをまとめます。
各人のデータ入力さえしてしまえば、後はエクセルでデータの抽出は容易だったのですが、その入力作業が驚く程に手間だったんです。
1人のデータで10種類ぐらいあるのに、それを50,000人分データ入力が必要だったということなので。
どんなに頑張っても1時間に400人分ぐらいのデータしか入力が出来ません。ということは、50,000人分だと50,000÷400=125で、125時間かかる計算になります。
データを取得する時からコンピューターでやればいいものを、手書きで取得し後から入力していく。これがどれだけ非効率なことか、お分かりいただけると思います。
さらに、マーケティングと言えど実は全く意味をなさない仕事であることは明白でした。(長くなるので、意味をなさない理由は割愛しますが、まぁ配ってないのに配った風に見せかけて、数を水増ししまくってるからです)
でも、報告書作成は全体のイベントの仕事の中の一環だったのでやるしかなかったんです。
そして後輩がいなかった時は、イベントを担当してるのはもちろん自分一人なので、誰にも頼らずに歯を食いしばって乗り越えてきました。
これが僕が行っていた報告書作成のためのデータ入力という作業です。
後輩に言葉を投げかけるまでの経緯
後輩が出来るまでは、ひたすら徹夜をしてデータ入力を行っていました。
1年に1回だけでいいなら我慢できますが、継続してほぼ月替わりで行われるイベントだったため、その度にこのデータ入力と報告書作成に追われます。
125~150時間ぐらいは掛かると想定しているものを片手間でやらないといけないなんて、もはや仕事として破綻してるのですが、それを毎回徹夜をすることで乗り越えていたということです。
そして後輩が出来ました。僕の仕事だけをサポートするわけではなかったものの、このデータ入力の仕事は後輩がすることになりました。
僕には同期がいたのですが、その同期は自分がサボりたいがために後輩に作業を押し付ける人でした。
そして、後輩の作業量が僕がお願いしているデータ入力で手一杯だと言うのを知ってか知らずか、それでもどんどん作業を押し付けてました。(もうバカですバカ!)
このデータ入力以外にももちろん様々な仕事があり、僕は毎日追われる日々。
そういった状況を緩和するための措置として、後輩に作業を引き継いだにも関わらず、僕の同期は自分が楽をしたいからというだけで後輩に作業を押し付け、どんどん自分は楽をしようとしました。
見かねた僕は、後輩と同期2人がいる前で、「作業が回らへんから手伝ってもらうのはいいけど、楽したいからって後輩に押し付けるのはやめてくれ!」と同期に言ってやりました。
それで一瞬はなくなったものの、数日もすれば知れっと同期はまた作業を押し付けていたんです。
ここまでで分かるように、僕は正論で勝負するタイプ。同期は適当人間で、やばい時だけその場しのぎで取り繕うタイプ。こういう先輩がいた場合、どちらの方が楽が出来るでしょうか。
こと、作業量じゃなくチェックされるという観点からはもちろん僕じゃなく同期です。瞬間はあせることがあるかもしれませんが、その場をしのげればOKなので、同期がこのデータ入力をするならば、50,000個のうち3,000個ぐらいだけちゃんと入力して、あとは適当にコピペで終わらせるタイプです。それでいいよと言われたら、作業も楽ちんで出来ますよね。
僕は他の会社でもどこにいっても通用できるように、自分も成長し後輩も育てていくべきという考えを持ち、同期はとにかく楽に給料もらえるのが一番という考え。
同期に押し付けられた作業で手一杯になっている後輩を見て、かわいそうだという気持ちはあったものの、一言だけアドバイスをしました。
「作業を押し付けられてるんやったら、自分で断る勇気を持ってごらん。俺の仕事も振られてて手一杯ですって。もしそれで同期が怒るとかやったら、俺が対応するから」と言いました。
同期がホントに困ってて、手一杯だから後輩に手伝ってとお願いしているのであれば、僕は進んでその作業を手伝うように言ったでしょう。
でも、ただ楽をしたいだけに作業を押し付け、さらに全く身にならないようなライン作業的な仕事ばっかりでした。だからアドバイスもかねて言ったつもりだったんです。
社内の中で僕は仕事にストイックだけど、まじめすぎるなんて言われていたので、どちらかというと一匹狼的な感じでした。
一方同期は適当にする分、誰に対しても甘く適当だったので、意識の低いアルバイト達からも「楽やからいいわ~」と思われていました。
結果的に、後輩が選んだ選択は、「僕の作業を断る」ということでした。
「おいおい!」と思いましたが、とりあえず状況を聞こうと思いました。
という気まずい会話が繰り広げられました。
それで僕はついにあの言葉を投げかけたのです。
頭ではこういうやり方がダメなのにな…とは分かっているのに、結局は僕も言ってしまうことになりました。
これでこの後輩も、自分の部下や後輩が出来た時には、ほぼ間違いなく「俺もそうやって先輩にしごかれてきたからな!」などと言って、無意味に徹夜をさせることはもちろん、さらにそれが”仕事をしてる感”へと繋げてしまうんだろうなと思わずにはいられません。
こうやって負の連鎖は続いていくんです。
負の連鎖はなるべくしてなっている
こういった負の連鎖は、もちろんブラック企業の方が多いです。
僕が以前勤めていた会社の体質と、僕なりの見解をお話しします。
勤めていた会社はチーム制でもなければ、ちゃんとした個人としての評価もなく、始まりの時に担当した仕事をそのまま継続して担当するという状況。
仮に新しい仕事が来た場合は、何となくの社長の判断で割り振られ、自分が指名されれば今まで担当していた仕事+新しい仕事を行わないといけません。
でその後も発注が来ればそのまま自分が担当して仕事をする、というような会社でした。
自分宛で発注がくれば仕事量は増えて自分の売り上げになっていくにも関わらず、会社に売上や利益の評価がなかったため、ただ仕事量が増えるだけ。進んで新しい仕事をするということはありませんでした。
しかも、みんなすでに何となく担当した仕事で十分すぎるほどの利益が出ていましたからね。(と言っても超ハードでしたが)
僕の場合はこのまま社畜のように会社の言いなりじゃなく、逆に会社に対する発言力を持ちたいと思い、社長を介さない自分自身一人で見つけた取引先で仕事を作っていくことを目指して動いていました。
3年目ぐらいまでは、社長や会社としての仕事で手一杯でほとんど動けず、ただひたすらに目の前のことをやっていた気がします。
4年目に入り、過去に取引をした関係値から仕事の紹介が入り、それを着実にこなして紹介が紹介を呼んでくれて、年間800万円ぐらいの仕事量を作ることが出来ました。
ちなみに、イベントの仕事は一人で1億、利益率30%をあげられるようになればかなりの一人前と見なされます。 (会社として僕一人で担当していた仕事がちょうど約1億円ぐらいの売り上げだったと思います。)
担当してるだけと言えど、受注から見積もり、手配、制作、運営、請求書発行まで、全て1人で行っていました。
利益率も30%は余裕で超えていたので、利益で大体年間4000万はありました。 その当時の僕の年収は500万いかないぐらいだったと思います。
これだけの売り上げ、ましてや利益を上げながら、自分の年収は粗利の12.5%。
年間休日20日ぐらい、平均月間勤務時間350~400時間ぐらいの仕事量としては、安い年収だと思います。 もちろん残業代なんてあるはずなく、残業代?なにそれ?おいしいの?状態です。
もっと給料を上げてほしい! そう思ったとしても、当時の社長の言葉は「自分の仕事はやってへんやん!」でした。
要するに、自分が取ってきた仕事じゃないと言いたいわけです。4,000万円の粗利の仕事をこなしていても、それは会社が持ってる仕事をやってるだけでアシスタントの仕事と一緒だと言ってました。
という体制だったので、それならなおさら自分で担当した仕事で手一杯なのに、新しい仕事はしたくなくなるわけです。
自分の時はこんな体制でひどく苦労したのに、後輩が入ってきた途端そんな体制がなくなって、楽に自分と同じような給料を貰ってるなんてなったらあなたはどう思いますか?
「お前も俺らが経験してきた苦労を味わえ!」
「味わわずに給料を得るなんて悪じゃ!!」
なんて思ってしまいそうになりますよね。そうならないケースは、”無償の愛”があるときだけだと思います。親から子とか、夫婦間とか。
社員間でそんな愛情など芽生えるはずもなく、負の連鎖であることに気付くことなく続いていくんです。
ブラック企業という体質がこの負の連鎖を生み出しているのは間違いなく、なるべくしてなっているという言葉以外見つかりません。
一人で戦うには限界がある
プロボクサーと素人のケンカが強い人がタイマンで戦えば、間違いなくプロボクサーが勝つでしょう。
では、プロボクサー1人に対して素人のケンカが強い人5人の戦いだとどうでしょう?5人が勝つ確率がグッと高まりますね。
同じように僕の勤めていた会社がそうで、訳の分からない価値観とブラック企業体質を持った社員たちに、自分一人で立ち向かうようなものでした。
まさしく真っ黒な絵具(腹黒い社員たち)に、一滴の白い絵具(自分の意志)を垂らすようなもの。黒さは全く衰えず僕の白い絵具はかき消されるんです。
その白い絵具が増えれば、やがて黒色がグレーになり、さらに増えれば白さが増えていきます。
でも、どんなに正しくても、10個の黒い絵具を1個の白い絵具だけでは白くは出来ないんです。一人で戦うには限界があることを思い知らされました。
もう一つ分かりやすく言うと、どんなに高い志を持っていたとしても、アメリカという国で日本語を母国語にしようとしても絶対に無理ですよね?そういうことです。
そんな時は逃げるが勝ちですよ。僕がそうしたように。
負の連鎖 / まとめ
どんどん話が逸れかけたので、強引にまとめたいと思います。
恐らく誰もが一度は、「自分も経験してきたから」というフレーズを使ったことがあるんじゃないかと。
この言葉自体が悪いんじゃなく、この言葉に含まれる背景に注意しないといけないということです。
「自分も経験してきた。だからこんなスキルを身につけられた。これだけ仕事に生かされた。だから君もやりなさい!」だったら意味は分かりますし、負の連鎖でもなんでもありませんよね。
「自分も経験してきた。その(無意味な)苦痛を俺も我慢してきたんだから、お前も味わって一人前!だから君もやりなさい!」という方が、世の中でも圧倒的に使われているわけです。
これが無意味な負の連鎖に繋がっているということです。
年の瀬のゆっくり出来る時間に、自分の仕事への姿勢を今一度振り返ってみてはいかがですか?
少しでも参考になれば幸いです。