人の欲望には限りがない。十分すぎる程に足りていることを知って落ち着いた僕の心

どうもー!最近色々と出費がハンパないNon太(@LoveWifeLives)です。

お金、あればうれしいですよね。(露骨表現過ぎ!)

お金があると悩んでいることの大半は解決するんじゃないかとさえ思うこともあります。

その分、違った悩みが間違いなく出てきてるとは思いますが…。

さて、僕は去年の今頃までものすごいブラック企業で働いていたのですが、その当時はとにかくお金が欲しくて欲しくてたまりませんでした。

何で?って言われると、

Non太
これだけ働いてるんやから、その対価はもらうべき!

もっとお金あったら余裕出来るし、お金はあった方が良いに決まってるやん!

とただただ思ってたからです。

今もお金があるに越したことはないと思っているものの、正直そんな執着がほとんどなくなりました。

生きていかないといけないのでお金を稼ぐために働くことはしますが、生きるのに困らない程にあればそれだけで十分だと思っています。

人間の欲望を考えてみると際限がありません。

例え一瞬は満足出来たとしても、すぐ次の欲望を願いもっともっととどんどん欲望は増していきます。

欲望を満たすための心はもはやブラックホールのようなもので、どれだけたくさんのことを吸い込んだとしても完全に埋まることはないんです。

僕はそう思い、今の自分には十分すぎる程に足りていることに気付いた時、ものすごく心が軽くなりました。

昨年に仕事を辞めてからの実際の僕の苦しかった状況とともに、自分の心境の変化を例に綴ってみたいと思います。

僕はブログで生活できることを目指したものの、一度挫折した人です

去年(2015年)の9月末で長く勤めた会社を退職しました。もうそれから1年が経ったんですね。

2015年4月からこのブログは開設していたので、その当時で運営期間半年という初心者の域を抜けないブログ運営者でした。

退職後には失業保険(雇用保険)というものがもらえる制度がこの国にはありますが、通常は待期期間として約3ヶ月後から支給されるのが基本です。

僕は副鼻腔炎という病気のこともあり特定理由離職者というものに認定されたため、その3ヶ月の待期期間を待つことなく支給してもらうことが出来たんです。

これでとりあえずの生活費は失業保険でまかなえることになりました。

僕はブログで生計を立てようと思ったから仕事を退職したわけではなかったものの、辞めた当初はブログで生計が立てられるようになることを目標にすると決めていました

退職してからは毎日ひたすら家にこもって記事を書き、新しいサイトを立ち上げては記事を書き、来る日も来る日もパソコンとにらめっこしました。

その間、転職活動も就職活動も一切行っていません。

でも、記事を書き続けるも思うように結果は出ませんでした。

※今調べてみると、2015年12月の月間PVは11,000ちょっと、ブログからの収入は全部で3,000円ぐらいで、ブログで生活するなんてのは程遠い状況でした…

2015年が終わる頃には、

Non太
来月で(2016年1月で)失業保険の給付が終わるのか…お金ヤバいな

と思っていました。

失業保険が支給されている間に、生活費が工面出来る程にはブログで稼げるようになっていてほしい

と、妻には言われていました。まぁ当たり前の話しですよね。

その分、メチャクチャ理解してくれて僕が記事を書く時には邪魔しないようにしてくれたり、記事を書くための取材と称して出かけたい時には一緒についてきてくれたりもしました。

でも、色んな雑誌で特集される一握りの人たちや、漫画のように最大の危機を脱出して…というようにうまくはいきませんでした。

お金がなくなる恐怖と闘いつつ、1月は何とか過ごし、2月には退職した時の確定申告の還付金が出たために何とか過ごし、3月は以前働いていた時の友人の会社で日雇いのバイトをしたりして何とか食いつなぎ過ごしました。

その間もひたすらにブログは更新し、色々な角度から考えた内容を書き綴ってみたり、イベントレポートの記事やグルメレポートの記事を書いてみたり、とにかく自分の想いや信念とともに来る日も来る日も記事を書き続けたんです。

でも、自分が望んでいたようなブログで生計をたてる!を実現するほどの展開にはなりませんでした。

そして2016年4月、もうどうにもならなくてこのままじゃ少ない貯金を切り崩して生活しないといけない!という状況にまで陥ってしまい、ブログで生活出来るようになる!は一旦諦めることにしました

巷で騒がれているような、華々しい軌跡とは程遠い僕のブログ生活…

でもそれが現実です。

お金がなくなるという焦燥感は半端ない

これは別記事で書きたいことですが、極端な生き方はやっぱりダメですね。

もう思い出したくないくらい、当時の焦燥感はハンパありませんでした。

ブログがうまくいかない焦りもある上に、でも記事は更新しないといけない!というプレッシャー。

さらには、妻のどんどん不安になって顔が曇ってしまうことを何とかしないといけないという焦燥感。

もはや歯車がうまく回るとは到底思えない心境でした。

この頃もお金が全てじゃないけど…とは思いつつも、お金があればこんな苦しい想いはしなくていいはずなのに!とは思っていたと思います。

何とか生活出来るお金だけでもブログから!と意味の分からないこだわりと焦りで毎日がしんどかった気がします。

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就職活動と仕事決定とお金がもらえるありがたさ

今のままでは生活が出来なくなる、とりあえずバイトでもなんでも仕事を決めなければ! そうと決めたら仕方がないのですぐに就職活動を開始。

僕はちょいちょいエクセルやパワーポイントを触れるのですが、それがスキルとみなされたのか、無事に事務系の今の仕事を決めることが出来ました。

妻には「まぁ面接も手ごたえあったし受かると思ってたよ」なんて言いましたが、内心ホッとしていたことは言うまでもありません。

一旦は諦めたと言っても完全に諦めたわけじゃなく、もちろん今もブログで生活が出来るようになることを目指しています。

決まったことはきっちりこなしつつ、自分の伝えたいことなどを含めてブログを通して発信していくことはやめません。

雑記ブログと言えど、夫婦関係に悩む人たちに少しでも参考にしてもらったり、Happyになってくれたらいいなと思っています。

当時は「好きなことをしてお金を稼げるようになりたいから」というのが一番の理由でしたが、その辺りもどんどん考え方が変わってきています。

が、これはまたの機会があれば記事にしようと思います。

確実にお金がもらえるというありがたさを痛感

毎月決まった時間に出社して決められたことをこなすだけで、安定してお金がもらえることをこれ程までに感謝したことは僕の人生の中ではありません。

ブラック企業で働いていた時、「何でこれだけやってるのにこんだけの給料しかないねん!」、「残業代も休日出勤しても手当てもゼロってマジで終わってる!」、こんなことしか頭に浮かびませんでした。

それが今の職場はと言うと、苦しくてどうしようもなかった時に見つけられた求人であり、そんな僕を拾ってくれて自分の生活を助けてくれたという思いでいっぱいの職場です。

ただただ自分を雇ってくれてありがとうという気持ちしかありません。

正直、仕事内容自体はあんまり面白くないです。w

それでもありがたい気持ちしかないので、勤務時間中は精一杯会社の利益に繋がるように仕事をこなしています。

大した給料はもらえないのですが、それでも確実にお金がもらえることに感謝しかありませんでした。

お金がないと生きていけないからと、お金を中心に考えてしまった生活

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僕が会社を辞めてからブログ飯を目指して一度諦め、今の生活スタイル(昼仕事しながらブログを書く生活)に落ち着くまでを書いてみました。

もし僕が貯金何百万も何千万円もあれば、また外に働きに出るということをせずにブログを書き続ける生活をしていたかもしれないし、そもそもあんなにお金がなくなる恐怖に悩まされることもなかったでしょう。

また、今のように安定してお金をもらえるということが、当たり前だけど当たり前じゃないことでものすごく有難いことにも気付けなかったでしょう。

そしてこのブログに至っても、開設した最初の理由はお金を稼ぎたかったから。

会社を辞めてからブログ飯を目指し記事を書いている時も、全て本音の記事を書いているもののお金を稼がないといけないという考えが強かった。

とりあえずお金がないと生きていけないので、とにかくお金を中心に物事を考えてしまっていました

とは言いつつも、これよりも以前からお金を稼ぐよりももっと大切な事だとかを考えていたことはあります。

でも気付いたことは、生きるための生活費もままならないままだと、お金以外を中心に考えていくことは今の世の中では難しいということです。

なのでとりあえず、まずは生きるための必要最低限を揃えることが重要でしょう。

僕はもう一度会社に勤めるという選択肢を選び、またムチャクチャなブラックではない職場を選べたことで、生きるための必用最低限を揃えられました。

苦しみは自分の心が作り出すもの

生きるための必用最低限を揃えられた時に考えたこと。それは、

自分の欲望を満たすために、そのためにやるべきことが何か」ではなく、「今すでにあるものは何か、そこに自分はちゃんと気付けているか?」でした。

人間の欲望はブラックホールです。

仮に美味しいものを食べたいと願い念願叶って食べられたとしても、またさらに違った美味しいものを食べたい、継続して毎日のように食べられる生活をしたい!などと、欲望は絶えず変化して常に自分の心を支配します。

そしてその欲望がまわりまわって自分を苦しめているわけです。

一度思った欲望が満たされたないと不満になり、それを満たそうと躍起になります。

あとは一瞬満たされたとしても自分の欲望がある限り、全てが満たされることはありません。一生永遠にグルグル回り続けます。

ある時、気付くかもしれません。

「もう十分だろ」と。

「すでに満たされているのに、何をこれ以上求めるんだ」と。

欲望が自分の心の苦しみを作り出していることを理解できると、その後からは早いでしょうね。

大事なことは十分足りていることを知ること

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毎日ご飯が食べられて、毎日何も不自由なく住める家があって、愛する妻がいて家族がいる。

もうそれだけでも十分すぎるぐらいに幸せがありますよね。

高級レストランで食事が出来なくても、家政婦がいないと掃除がいきわたらないぐらいに大きい豪邸に住めなくても、もう十分なぐらいでしょう。

こんな風に考えることが出来るようになって、結局は人から良く思われたい、称賛されたいというための「金持ちになりたい」、「豪邸に住みたい」なんて一つも思わなくなりました。

大切なのは、今あるまわりのことを見てみると十分すぎるぐらい足りていることを知ること

これに気付き、僕の心はものすごく落ち着きました。

足ることを知ること / まとめ

欲望には限りがありません。

どれだけ満たそうと思っても穴の空いたバケツに水をくむように、次から次へと消えては現れを繰り返します。

これだといくら心があっても追いつきませんよね。

落ち着いた心を持つためにはまずは落ち着いた生活をしないといけません。

極端に劣悪な労働環境もいけないし、欲望ばかりが渦巻く環境で生活するのも良くありません。

僕のようにどんどんお金が減っていって生活が出来なくなるかもしれない!という切羽詰まった環境もやめた方がよいでしょう。

そんな環境を整えつつ足ることに気付けば、例え給料が少なくなって節約をしないといけなくても、満たされていることを感じられるはずです。

やっぱり最後には心に目を向けて生きていきたいですからね。

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